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これは切り石です。
石を探し始めた頃、庄内川、揖斐川に出掛け石を切ることに熱中した時期がありました。
理由は、何しろ山の格好をした石を無性に欲しいと思ったからです。
毎週のように、静岡市にあった[武田石切所]という店に出掛け、飽くことを知りませんでした。
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当時の武田石切所には、多くの業者が来ておられました。今から思えば、無茶な私の言い分を、呆れて見ておられた業者の皆さんであったと思います。
その切断と仕上げの現場で、私は[逃げのないこと][主峰などが石の中心に向かっているべきこと][主峰などがうしろに倒れていないこと]などに、大変に拘っておいでの業者の皆さんを見て、その理由に就いて考える契機を得ました。
業者の皆さんは「売れる石」を得なければなりません。
故に、その人達は、より多くの人達が納得する格好の石を選んでいる筈ですから、そこには、何か理由があると思った私は、その後、その理由を考え続けていました。
過去の[水石]に関する記述の中で[逃げのないこと][主峰などが、石の中心に向かっているべきこと][主峰などが、うしろに倒れていないこと]に就いて語られたものを全く見ません。
しかし、これら[逃げのないこと][主峰が及びその他が、石の中心に向かっているべきこと][主峰などが、うしろに倒れていないこと]は私の創作ではありません。
武田石切所に通っていた当時の石のプロの皆さん(当時日本を代表する業者の人達が多く来ておられました)が、問題にしておられた事であったのです。
そして、その理由を考えて得た結論
[逃げのないこと]
[主峰などが、石の中心に向かっているべきこと]
[主峰などが、うしろに倒れていないこと]
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この3項目は、盆栽は言うに及ばず、生け花にても当然の如く守られている事です。
盆栽、生け花と同じく、皆さんに観て戴く事で成り立っている水石の世界で、これらの項目が話題になっていなかった事に、不思議を私は感じています。
出来れば、水石を愛好する私たちは、この3項目に敏感でありたいものと願っています。
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さて、武田石切所は現在ありません。私が通っていた頃は、まだおじいさんが仕事をしておられました。
後に、息子さんの[浩ちゃん]が仕事をするようになられましたが、若くして肺癌になられ、亡くなりました。
アスベストを吸い込んで肺癌になる話は普通に聞きますが、石の加工を仕事にしていて肺癌になった人は、名古屋市内でも2人あります。
石は無機化合物なので、石の粉末が肺の内部に入ると二度と外に出ることはありません。
タバコのヤニなどは有機物なので時間をかければ外に出るようです。肺の外科手術専門のお医者さんが、禁煙して10年位で肺の組織の黒みが少し減ると言っておられました。
兎も角、[浩ちゃん]は稀に見る良い仕事をしておられました。惜しい人でした。
底の切断は、最初に石を水槽に浮かべて切る面の線を出します。
この線を出せば、後は機械がします。
しかし、肝心な仕事は底の切断面の縁の丸め方です。
これは、手仕事です。私は、今までで一番丁寧な仕事が出来た人は、この武田の[浩ちゃん]であったと思っています。
この石の底の丸めを見事にしたのは、武田の[浩ちゃん]です。故に、この石に私は格別の想いがあります。
さて、この石は、やはり吉根橋の下流です。いま見えている部分の倍位の大きさの石でした。
余り見掛けない質です。虎石に見られるような部分もあります。
良い格好をしています。沢山の庄内川石の切断をしましたが、この石以後庄内川の石の切断はしていません。
それにしても、第40回東海石友会展覧会で、会場の一番隅にこの石を置いていましたが、多くの人々が立ち止まり、見詰めておられました。
きっと、存在感があったのでしょう。
最近にある業者さんが来られました。
『これ瀬田ですか?』と聞き、ジッと見詰めておられました。
そして一言『良いですね』
私は大満足です。
さて、このあたりで自採石特集をおわります。
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